プロフィール

都竹淳也(つづく じゅんや)

 昭和42年3月2日 飛騨市古川町弐之町に生まれる。
 学 歴

昭和54年3月 古川町立古川小学校卒業

昭和57年3月 古川町立古川中学校卒業 (軟式テニス部)

昭和60年3月 岐阜県立斐太高等学校卒業 (新聞部、アマチュア無線部)

平成元年3月 筑波大学第一学群社会学類卒業(法律学専攻) (筑波大学学生新聞会)

 平成元年4月

 岐阜県庁入庁・飛騨県税事務所

※不動産取得税の賦課・徴収など

 平成4年4月

 総務部税務課

※不動産取得税、徴収企画、交付税、条例・争訟

 平成6年10月

 自治体国際化協会派遣

※JETプログラム(あっせん、配置、渡航調整)

 平成7年10月

 自治体国際化協会シンガポール事務所所長補佐

※シンガポール(通商産業省)担当・マレーシア担当、ASEAN地 域地方行政フォーラム(インドネシア・バリ)、CLAIRレポ ート(シンガポールの産業政策)など

 平成9年10月

 (財)ソフトピアジャパン

※セミナー企画、ベンチャー企業支援、岐阜県地域情報化産業 懇話会など

 平成11年4月

 知事公室秘書課

※知事の日程・資料・挨拶等の調整など

 平成13年4月  梶原拓知事秘書(随行・政策秘書)
 平成17年2月  古田肇知事秘書(随行秘書)
 平成18年4月

 総合企画部総合政策課主査

※政策企画担当(幹部会議、県政重点政策等)、総合計画策定、 岐阜県の将来構想研究会等

 平成19 年4月

 総合企画部総合政策課課長補佐(長期構想担当)

※岐阜県長期構想(総合計画)の策定

 平成21年4月

 商工労働部商工政策課課長補佐(政策企画担当)

※産業政策の企画・立案、予算取りまとめ、議会対応、楽天・イ オン・ユニーとの連携、ネットショップ振興事業、BCP普及プ ロジェクト、ぎふ女性経営者懇談会・ぎふ輝く女性ネットワー ク、東海環状西回り沿線地域づくりなど

 平成25年4月

  健康福祉部地域医療推進課障がい児者医療推進室長 (H26.4総合療育推進室長より名称変更)

※障がい児者医療の推進、小児在宅医療、家族支援、希望が丘こ ども医療福祉センター再整備・県総合医療センター障がい児病 棟の整備など

 平成27年12月  岐阜県庁を退職

個人活動

東海飛騨市会副幹事長(平成22年~)

 

鶏ちゃん合衆国国務長官(平成24年~)

 

地域人口学研究会会長(平成27年~)

 委員等

共同通信社「地・宝・人ネット」メンバー(平成21~26 年)

 

中小企業庁「“ちいさな企業”未来会議」コアメンバー(平成24 年)

表彰歴

 第1回 地域に飛び出す公務員アウォード受賞(平成26年)

発表論文等

平成10年 シンガポールの産業政策(自治体国際化協会)

 

平成13年 シンガポールの観光政策(都市計画学会)

 

平成22年 政策立案における統計活用の現状と課題(法政大学日本統計研究所報40)

 

平成26年 在宅医療を必要とする子どもと家族を支える支援の取り組みと課題(小児看護)

講演歴

・人口減少、公務員の仕事術、障がい児者医療、ネットショップ支援等をテーマに講演多数。近年は年25回以上の講演をこなす。

 

・県外では、愛知県庁、名古屋市役所、兵庫県庁、佐賀県庁、宮崎県庁、岐阜市役所、政策研究大学院大学での自治体職員研修(公務員の仕事術等)講師のほか、楽天主催セミナー、小児在宅医療関係者の研究会等の招きを受けて講演。

 

・岐阜県職員研修所では、特任講師として、平成23年度より、新任課長補佐・係長研修で部下育成についての講義を担当。

メディアでの紹介等

another life人生インタビュー(平成26年7月)

 

中日新聞「在宅医療進む岐阜県」(平成27年7月28日) 

 

aun第46号(平成24年9月) 

 

日本経済新聞(平成26年8月12日) 

 

読売新聞「食べものがたり」(平成27年7月19日) 

 

仲山進也著「あの会社はなぜ「違い」を生み出し続けられるのか 13のコラボ事例に学ぶ「共創価値のつくり方」 」

 

共同通信「地・宝・人」インタビュー

 

厚生労働省「小児等在宅医療連携拠点事業」最終報告書(平成27年3月) ※102ページ

 

など多数

自己紹介

飛騨市古川町に生まれました。実家は大正時代から続く自転車店で、商店街の中の店舗兼住宅で育ちました。

 

古川祭の龍笛台・玄武組の町内で、自他共に認める古川祭好き。子どもの頃は屋台に心躍らせ、あこがれた起こし太鼓には20歳からほぼ毎年出ており、平成4年には太鼓打ちをしました。50歳近くなった今も、祭り直前になると仕事が手につかなくなるほどの「古川やんちゃ」です。

 

小学校3年生の時につくった家庭新聞がきっかけで、中学、高校、大学と新聞づくり一筋でした。特に筑波大学時代は、「筑波学生新聞」に学生生活のかなりの部分を投じました。記事の取材、執筆はもちろん、就職特集号の採用広告を取るための都内での営業活動なども含め、人生の中でかけがえのない思い出であると同時に、今の自分の基礎となりました。

 

大学の学業面では、法律学、特に憲法を専攻しました。新しい権利を憲法からどう導き出すのかということに興味を抱き、憲法13条のいわゆる「幸福追求権」を中心に勉強しました。

 

大好きな故郷のために仕事をしたいという思いから、公務員の道を志し、平成元年4月に岐阜県職員になりました。

 

税務から始まり、海外(シンガポール)勤務やIT支援、梶原・古田両知事秘書、岐阜県長期構想(総合計画)の策定、商工労働政策全般の企画立案と様々な仕事に従事し、県職員としての最後の仕事としては、障がい児者を医療面から支援する施策、岐阜市の障がい児施設・希望が丘こども医療福祉センターの整備と岐阜県総合医療センターの障がい児病棟の整備、重症心身障がい児、発達障がい児の支援の仕組みづくりなどを担当しました。(詳細はanother life人生インタビュー(平成26年7月)参照)

 

岐阜県長期構想(総合計画)を策定した時からの流れで、人口減少や世帯構造の変化などの分析と対策の立案を得意分野とし、講演など多数実施。平成27年4月には地域人口学研究会を設立し、人口変動が地域に与える影響などを研究しています。また、商工政策課時代に立ち上げたネットショップ支援やBCP(事業継続計画)普及の分野にも強い関心と思いをもっています。

 

平成27年秋、飛騨市を一つにまとめ、前進させてほしいという多くの飛騨市民の方々の熱い期待を受け、飛騨市政を担うための挑戦を決意し、平成27年12月1日に退職し、故郷に帰りました。

 

個人活動としては、岐阜県の郷土料理「鶏ちゃん」を盛り上げていこうとする「鶏ちゃん合衆国」を発想・企画し、平成24年7月に建国。合衆国では事務局長に相当する「国務長官」と、鶏ちゃんの普及・啓発を行う「国立羽―鶏(はーばーど)大学」の学長を務めています。その取り組みが評価され、平成26年1月に、第1回「地域に飛び出す公務員アウォード」を受賞しました。

 

趣味はクラシック音楽鑑賞。オーケストラ中心で、好きな指揮者はラトル、トスカニーニ、クライバー、フルトヴェングラー。ベルリンフィルのデジタルコンサートホールでライブを聴くのが最近の楽しみ。クラシック以外では、サザン、ミスチル、いきものがかりあたりをよく聴きます。

 

スポーツはやる方は全くダメですが、観る方では中日ドラゴンズの大ファン。年に数試合はナゴヤドームで熱烈応援。好きな選手は荒木、浅尾、岩瀬。落合GMは選手時代から崇拝してました。

 

駐在経験のあるシンガポールは第二の故郷のように思っています。特にローカルフード(チキンライス、カトンラクサ、フライドホッケンミー、バクテーなど)は超大好き。駐在中の平成8年に始めたホームページ「シンガポール自由旅行専科」は、平成25年に閉鎖しましたが、人気ページでいくつか賞を受賞しました。

 

アマチュア無線の免許を持っていますが、なかなか波が出せません。いずれ復活したいと思っています。

 

家族は、妻と中3の長男、特別支援学校5年の次男。今は「単身赴任」状態で飛騨市の実家に父母とともに住んでいます。